2026年3月 1日 (日)
2026年2月 1日 (日)
2026年1月25日 (日)
第四回「加納の歴史」オープン講座 開催のお知らせ。
中山道加納宿文化保存会
「加納の歴史」オープン講座
次回開催は 令和8年2月28日(土)
午後2時から4時
会場 中山道加納宿まちづくり交流センター
(加納本町一丁目)
次回テーマ
維新後、加納の武士の生活 講師 浅野伸一
明治・大正・昭和の加納
加納の傘・縮緬 岐阜駅の変遷。 講師 安田竹千代
一月の西村会長の講座も沢山の皆さんにお集まりいただき好評でした。
毎回 自前の講師で これだけの内容で続けられることは凄いと思います。
さて 二月は いよいよ維新後の加納に入ります。
維新後の秩禄処分から
明治大正の岐阜市南部の工業化と公害
岐阜と加納のインフラ
岐阜駅の変遷などを 豊富な地図や写真でご紹介します。
2025年11月29日 (土)
2025年10月28日 (火)
2025年9月14日 (日)
「加納の歴史」オープン講座 わが町・加納の400年。
中山道加納宿文化保存会
関ケ原の戦いに勝利した徳川が関ケ原以降、最初に手掛けたのが加納城です。
江戸時代、金華山に岐阜城はありませんでした。
金華山に本格的な城があったのは、斎藤・織田の60余年、
その後、岐阜の中心は加納に移り、
江戸時代260余年のあいだ加納城こそは岐阜の中心となる唯一の城でした。
名称 「加納の歴史」オープン講座 わが町・加納の400年。
主催 中山道加納宿文化保存会
会場 中山道加納宿まちづくり交流センター(岐阜市加納本町一丁目)
日時 令和7年10月25日(土) 午後2時から4時
令和8年3月まで12月を除く毎月第四土曜日に開催。
開催日は会場都合により変更になる場合があります。
参加費 無料 定員50名様
問合せ先 保存会会長 西村 090 7619 4790
講座担当 安田 090 9908 0297
2025年5月17日 (土)
2025年5月 8日 (木)
2025年4月 9日 (水)
2024年12月28日 (土)
年賀状の。
2024年11月17日 (日)
アガベる。
2024年10月 3日 (木)
岐阜市加納の和傘がアールデコスタイルのモダンガールの人気アイテムだった。 ⑧ 日本のモダンガール おてんば娘
モダンガール 日本には、おてんば娘という表現がありますが、
第一次世界大戦による大戦バブルは、日本にも成金を生みます。
2024年10月 2日 (水)
2024年10月 1日 (火)
岐阜市加納の和傘がアールデコスタイルのモダンガールの人気アイテムだった。⑥ モダンガールとペーパーパラソル
磁器のフィギュアのことを調べるうち
傘について気が付いた事があります。
オモチャのフィギュアの話からリアルな女性のファッションに話を切り替えます。
ジャンセンの水着が売りに出されたのが1920年代後半
海水浴の効用が説かれ 人々が
海辺に出かけるようになった時期です。
当時のトップファッションの水着です。
みんな傘を持っています。肌がよわい白人女性だからでしょうか。
傘をよく見ると洋傘ではありません。
この時期の、傘をさした女性の写真はたくさんありますから調べて見ました。
つづく
2024年9月30日 (月)
岐阜市加納の和傘がアールデコスタイルのモダンガールの人気アイテムだった。⑤ 二つの世界大戦
さて、第一次世界大戦です。
大正3年(1914)から、大正7年(1918) ヨーロッパを主戦場に
英仏露伊日米の連合国と
中央同盟国 ドイツ ハンガリー オスマン帝国 ブルガリアが戦ったわけですが、
日本は連合国側で参戦します。
この戦争、ヨーロッパを主戦場とした戦争で、ヨーロッパの国々が破壊されつくします。
それまでドイツは工業国で、陶磁器や生活用品 工業製品の生産国でした。
アメリカに敵対したドイツ製品は、アメリカから排斥されます。
味方のイギリスもフランスも戦争に男手をとられ 工場は破壊され生産能力を失います。
戦場から遠く離れたアメリカは、ドイツのお株を奪い、
あらゆる工業製品の生産国として躍り出て、また同盟国、戦場となって生産力を失くしたイギリスやフランスといった同盟国の需要も取り込んで、下品な言い方ですが ぼろ儲けします。
ついては、日本もドイツに代わり、
陶器やオモチャ、生活雑貨を戦争景気に沸くアメリカに輸出して、ぼろ儲けします。
東南アジアや南米といった市場も
ドイツやイギリスの商品が止まり、多治見や瀬戸の陶磁器が面白いように売れていきます。
戦争に参加しながら、戦場から遠く離れて、商売に励むわけですから、
こんな美味しい話はありません。
オールドノリタケや、名古屋の陶磁器が世界に羽ばたいた時期です。
大戦景気・大正バブルは、大正四年から大正九年
あのオシャレな加納町役場が建つ少し前です。
しかし、バブルは必ずはじけます。
暗黒の木曜日といわれる株の大暴落、世界恐慌の始まりです。
アメリカは世界大戦で、生産能力を失ったヨーロッパに工業製品も軍事物資もドンドン送り込みます。
しかし、戦争で疲弊したヨーロッパの国々はアメリカに借金をして品物を買いますが、
支払いができません。気が付けばアメリカの金庫は不良債権の山です。
アメリカが抱えていたのは不渡り手形の山です。
株の大暴落です。
つづく
2024年9月29日 (日)
岐阜市加納の和傘がアールデコスタイルのモダンガールの人気アイテムだった。④ アールデコ 二つの世界大戦の狭間に 咲いた仇花
2024年9月28日 (土)
岐阜市加納の和傘がアールデコスタイルのモダンガールの人気アイテムだった。③ 海外に盛んに輸出されていた加納の和傘
加納には「昭和15年の岐阜市との合併」のまえに編纂を決議され作り始められた加納町史という上下二巻の町史があります。
あまたあるこの手の町史のなかでも、きわめて立派な町史であり自慢できるものですが、
この402ページに、大正11年(1922)頃の、加納の雨傘の仕向け先として
年間250万本の雨傘の販売先が記録されています。
さらに、次のページには、昭和初年(1926)頃の 加納の日傘の販売先が書かれています。
加納の日傘が、国内に販売された量が 50万本
外国に輸出された量が、国内向けと同量の50万本とあります。
アメリカに23万本 イギリスに8万本 オーストラリアに4万本
フランスにも2万本 というように
驚くほどの、加納の和傘・日傘が海外に輸出されていました。
また、大正11年には、イギリスへ19万2千本輸出されたという記述もあります。
加納町役場が建設された大正から昭和の初めにかけて
加納の和傘が、世界に羽ばたいていたことがわかります。
加納の和傘は、かなりインターナショナルな商材だったのです。
2024年9月27日 (金)
岐阜市加納の和傘がアールデコスタイルのモダンガールの人気アイテムだった。② オールドノリタケから加納の傘へ
さて、老人は、20年ほど前からオールドノリタケを集めています。
退屈しのぎに海外のオークションをパトロールしていると同じようなフィギュアが出品されていました。
それが 加納の和傘と何の関係があるのだとの声が聞こえてきそうですが
2024年9月26日 (木)
岐阜市加納の和傘がアールデコスタイルのモダンガールの人気アイテムだった。① 幕末・明治の加納
さて、老人が住む 岐阜市加納は 東海道線を挟んで岐阜市の南部一帯をさし
戦前 和傘の大きな産地で
「加納の和傘」として
大正11年(1922)ころには年間250万本もの傘が生産されていたという記録が残っています。
当ブログでは、オールドノリタケのカテゴリーやアンティークの記事のなかで
何度もアールデコスタイルやモダンガールについて書いてきましたが
近頃 老人は 「中山道加納宿文化保存会」とやらに参加して
地元 加納の歴史を勉強させていただいています。
加納の和傘が大正時代に 大量に海外に輸出され
当時の先進的な女性の
つまり モダンガールやフラッパーと呼ばれる女性の
重要なファッションアイテムだったのではないかという事について
老人の発見を ご報告させていただきます。
2024年9月10日 (火)
アガベチタノタ白鯨で多肉な老人の今日この頃。
さて、九月も半ばに入ろうかというのに あいかわらず猛烈な暑さで
コロナ以来 外出を控えたせいで足腰の衰えを感じ
今年はウォーキングを再開 なんて思っただけで
とても外出する気にもなれず
インドアでアガベやオベサ ユーフォルビアと語りながら
引きこもりの老人の今日この頃 皆様 いかがお過ごしでしょうか。
さて 春に 病院帰りに寄ったお気に入りのショップで
アデニウムが随分とお値打ちに大量に販売されていて
この手の塊根植物というのは随分と高価で
また 高価ゆえに購買意欲をくすぐるところがあって
先端的なインテリアショップやトレンドファッションのショップで売られていたのだが
柴三郎三枚で我が家の玄関ホールのウエルカムプランツとなった。
去年からオージープランツを少しやっていたのだが
生きているのか枯れてしまったのかわからないオージープランツに
周りの 生きているのか枯れてしまったのかわからない老人をみるようで嫌になった。
さて 春から 二鉢ほど星になったが
長かった梅雨もやり過ごし 過酷すぎた夏も何とか乗り越えて
オベサもパキポディウムもロフォフォラも元気だ。
なかでもアガベには沼を予感するが
インドアのみならず
エドワーディアンな廃墟趣味がコンセプトの老人の庭に
アガベの「吉祥冠 錦」の大株を置いてみたら
アンティークなテラコッタのプランターとあいまってとてもいい。
ただし 雨がくると室内へ避難で大変だが。
さて 究極は アガベではないかということでチタノタのブルーを思いきって手に入れたが
多肉を思いすぎて夜も眠られない
多肉が好きすぎて朝早く眼が覚めてしまうという強迫症状のなか
更にアガベの究極は 鋸歯が乱れたボール型の白鯨ではないかと
昔読んだ メルヴィルの「白鯨」に通じるところもあって散財。
ホームセンターの三百円の苗で楽しんでいたのだが
渋沢栄一の出番。
ベランダが定位置だが 雨雲レーダーを監視しながら室内へ避難
さて これからの冬越しを考えると 鉢の数は これが限度だな。
このところ ちょっと世間に出たけれど
やはり老人には引きこもりが最高だ。
NO PLANTS NO LIFE





































































